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東京地方裁判所八王子支部 昭和46年(ワ)948号 判決

原告 豊泉吉之輔

被告 国

訴訟代理人 武内光治 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告は原告に対し東京都八王子市大和田町一、四九六番畑九五八・六七平方メートル(九畝二〇歩)を金四六三円六八銭で売払え。

被告は原告に対し前項の金額の支払を受けるのと引換に前項の土地の所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二請求原因

一  原告は、昭和二二年一二月二日自作農創設特別措置法第三条により東京都八王子市大和田町一、四九六番畑九五八・六七平方メートル(九畝二〇歩)(以下本件土地と称す)を金四六三円六八銭で被告に買収された。

二  被告は、昭和二二年一二月二日、本件土地買収とともに、当時本件土地の耕作者であつた訴外内山彦太郎に対し、本件土地を農耕のため貸付けたが、右訴外人死亡により、昭和四三年二月二二日、訴外内山庄八に対し、本件土地を貸付けた。

なお、その使用料は貸付当初年額金八三円であつたが、数度改訂があり、昭和四二年から昭和四四年度までの間は年額金一、六五六円である。

三  原告は、昭和四四年一二月二七日、訴外株式会社町田工務店に対し、耕作者を離作せしめ農林大臣から売払いを受けたときは本件土地を売渡すことを約し、右訴外内山庄八に離作料金四五〇万円を支払つた。

四  右訴外株式会社町田工務店は、昭和四五年二月一日、東京都知事に対し、耕作者たる訴外内山庄八の離作承諾書と右知事の賃貸借解約許可書を添付して、本件土地を木工場に使用するため国有農地転用借受申込をなし、右知事は右訴外工務店に対し、同年六月五日付で、用途木工場、貸付期間一ケ年、使用料年額金八万五、二六二円で本件土地を貸付けた。

五  本件土地は、八王子都市計画工業地域にあり、昭和四二年五月一八日区画整理事業計画が決定され、昭和四五年一二月市街化区域となつた。

六  そこで、右訴外株式会社町田工務店は、昭和四六年三月八日東京都知事に対し、本件土地につき建築面積鉄骨造三二九・四〇平方メートル、木造三九・三〇平方メートルの木工加工場および付属事務所の新築確認申請をしたが、二一日内に建築基準法第六条第四項の申請不適合の通知はなかつた。従つて、右申請は申請の翌日から二一日を経た昭和四六年三月三〇日確認されたものである。もつとも通知書は同年七月二一日付で受領した。

七  以上の状況のもとにおいては、本件土地はもはや自作農創設等の目的に供せられないのであるから、農林大臣は、被買収者たる原告に対し改正前の農地法第八〇条、昭和四六年二月一三日改正の農地法施行令第一六条一項第五号により本件土地を売払わねばならない。

そこで、原告は、昭和四六年三月三一日到達の書面で農林大臣に対し本件土地を買収対価相当額金四六三円六八銭で売払われたき旨買受けの申込をした。

八  原告は、昭和四六年一〇月一四日買収対価相当額を持参して農林省関東農政局に赴き、前項の書面(内容証明郵便)を示し金四六三円六八銭を支払うから本件土地の所有権移転登記手続をされたき旨申出たところ、売払価格は時価の十分の七とする旨の国有農地等の売払いに関する特別措置法が施行されたから金四六三円六八銭では登記手続には応じられないと拒絶された。

九  しかし、国有農地等の売払いに関する特別措置法附則第二項によれば、「この法律の施行の日以後に農地法第八〇条第二項の規定により売払いを受けた土地等に適用する」旨を定めており、同法は昭和四六年五月二五日施行されたものである。

一〇  原告は、前記のとおり右法律の施行前である昭和四六年三月三一日に買受けの申込をしているのであるから、農林大臣は売払いを義務付けられ、同日売払いの効力が発生し、その売払価格は改正前の農地法第八〇条第二項後段により金四六三円六八銭である。

一一  国有農地等売払いに関する特別措置法により改正前の農地法の買収価格で売払う条項が削られ、適正価格でなければ売払わない旨定められ、これが公布されたのであるから、右特別措置法が本件土地の売払いに関し適用されることになれば原告が甚大な不利益を受けるであろうことは、農林大臣において充分予想できたことである。農林大臣は買受けの申込を承諾するか否か自由に裁量できるのであれば格別、そのような自由はなく原告の申込を承諾すべき義務があるのであるから、原告が右のような不利益を受けないよう、信義誠実の原則に則り右特別措置法施行前に申込を承諾すべきであつた。

しかるに、農林大臣は、原告が買受けの申込をしてから右特別措置法施行まで五〇余日の間、何らの意思も表示しないで承諾義務の履行を怠つたもので信義則に反する。従つて農林大臣は右特別措置法施行前に本件土地の買受けの申込を承諾したものと解し得るところである。

一二  仮りに、農林大臣の承諾がなく、右特別措置法の適用があるというのなら、同法第二条、附則第二項および第四項は原告が、右特別措置法施行前に有していた買収対価相当額で本件土地を買受ける権利を奪うものであるから、憲法第二九条に反し無効である。

一三  農林大臣は、買収農地の大半を買収対価相当額で売払いながら、右特別措置法第二条によると残された買収農地は時価の七割でなければ売払わないというのであるから、右特別措置法第二条は同法施行前に売払いを受けた者に比し、同法施行後に売払いを受けようとする者を不当に差別するものであり、憲法第一四条に反し無効である。

従つて、被告は原告に対し買収対価相当額で本件土地を売払う義務がある。

第三請求原因に対する被告の答弁

一  請求原因第一、二、五、八項の事実は認める。

二  同第三、六項は不知である。

三  同第四項中、訴外株式会社町田工務店が東京都知事に対し国有農地転用借受申込をなした年月日を除くその余の事実は認める。右年月日は昭和四五年二月一〇日である。

四  同第七項中、原告の国有農地買受申込書が農林大臣に対し昭和四六年三月三一日送達されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

五  同第九項中、原告主張の法律のあることは認める。

六  同第一〇項は否認する。農地法第八〇条第二項の売払いは一般国有財産の払下げと同様、私法上の売買であるから、被買収者たる原告の買受けの意思表示に形成的効力が認められることはなく、農林大臣の売払いの意思表示があつてはじめて売買契約が成立するものというべきである。農林大臣は原告に対し、本件土地を売払う旨の意思表示をしていないのであるから未だ売買契約は成立していない。

しかも、被告には、原告が被告に対してなした本件土地を金四六三円六八銭で買受ける旨の申込に対して承諾する義務はない。すなわち、農地法第七八条第一項の規定により農林大臣が管理する土地等であつて、自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする客観的事実が生じたものを同法第八〇条第二項の規定により買収前の所有者またはその一般承継人(以下旧所有者と称す)に売払う場合の売払いの対価は、改正前の農地法第八〇条第二項においては買収対価相当額によるべきものとされていたが、国有農地等の売払いに関する特別措置法によつて右売払いの対価が改正され、同法第二条および国有農地等の売払いに関する特別措置法施行令第一条の規定により、その時価に十分の七を乗じた額によるべきものとされ、右特別措置法は原則として同法施行の日(昭和四六年五月二五日)以後に農地法第八〇条第二項により売払いを受けた土地等について適用されることとなつたのである(同法附則第二、三項)。しかして、前記のとおり農地法第八〇条第二項の売払いは私法上の売買であるから、その売買価格は売買契約成立時に定められるべきものであり、売買価格が法定されている場合においては、売買契約成立時における法定価格によることになる。従つて、右特別措置法の施行前に農地法第八〇条第二項に基づき旧所有者から買受けの申込があり、これに対して右特別措置法施行後に農林大臣が承諾して売買契約が成立した場合については、右特別措置法および同法施行令が適用されることになるわけである。

原告は、右特別措置法施行前である昭和四六年三月三一日農林大臣に対し、本件土地の買受けの申込みをしているが農林大臣はこれに対して承諾していないのであるから、本件土地の売払いについては、右特別措置法および同法施行令が適用されることになり、被告としては本件土地を時価の十分の七の対価で売払わなければならないのであつて、売買価格を金四六三円六八銭とする原告の買受申込に対して承諾すべき義務はない。

七  同第一一項中、農林大臣が原告の買受申込に対し、右特別措置法施行まで五〇余日間承諾の意思表示をしていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

八  同第一二項は争う。自作農創設特別措置法は農村の民主化を図るため原則として自作農として自ら耕作する一定限度の農地以外はすべて買収の対象としたのである。そして被買収者たる旧所有者に対しても正当な補償がなされ、国は完全な所有権を取得したのである。従つて、買収した後においてたとえ買収農地が自作農創設の目的に供することが相当でないものとなつたとしても、これを旧所有者に返還しなければ憲法に反するという問題は全く生ぜず、さらにこれを買収対価相当額で旧所有者に売払わなければならないという要請は憲法上存しないのであつて、旧所有者に対して買受請求権を認めるか否か、また売払価格をいかに定めるかはもつぱら立法政策上の問題にすぎない。

そして、自作農創設等の目的に供することが不適当となつた農地については、旧所有者の感情をも尊重し旧所有者に対し被買収農地の買受けの機会を優先的に認め、当時においてはその売払価格も買収対価に相当する価格とするのが立法政策上妥当であるものとして、改正前の農地法第八〇条第二項が設けられたのである。そして今日においては経済事情の変動に応じてその売払価格を修正することは立法政策上妥当なものであるというべく、右趣旨の下に、国有農地等の売払いに関する特別措置法第二条、同法施行令第一条が制定され、売払価格は時価の七割に相当する額としたのである。これは旧所有者の買受請求権の行使を困難ならしめるものでもなく、妥当な立法措置というべきである。そして、憲法第二九条第二項は財産権の内容を公共の福祉に適合するように、法律によつて定めうる旨規定しているから、将来において発生する権利のみならず、既存の権利についても公共の福祉の観点から法律により新たな制約を加えることは憲法に反しないのであつて、旧所有者の買受請求権につき売払価格を前記のとおり法令により変更することは憲法第二九条第二項の許容するところである。

九  同第一三項は争う。憲法第一四条に定める法の下の平等とは、同条が列挙する事由のようになんら合理的な理由なしに法律上差別的な取扱いをしないことをいうのであつて、法律改正の結果その前後において、同一生活関係についても必ずしも同一の法的取扱がなされない事態が生ずるとしても、右改正が不合理なものでない以上憲法第一四条に反するものではない。国有農地等の売払いに関する特別措置法第二条は、改正前の農地法第八〇条第二項後段の買収対価相当額による売払いが地価の高騰した今日では甚しく不合理なため、これを適正な価格に引上げる趣旨で規定されたもので、その改正の前後において売払価格の差異が生ずることは右の趣旨に照らし不合理なものとは言えないから憲法第一四条に違反するものではない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  当事者間に争いのない事実

原告が、昭和二二年一二月二日自作農創設特別措置法第三条により本件土地を金四六三円六八銭で被告に買収されたこと被告が、昭和二二年一二月二日、本件土地を買収するとともに当時本件土地の耕作者であつた訴外内山彦太郎に対し、本件土地を農耕のため貸付けたが、右訴外人死亡により、昭和四三年二月二二日、訴外内山庄八に対し、本件土地を貸付けたこと、その使用料は貸付当初年額金八三円であつたが、数度改訂があり、昭和四二年から昭和四四年度までの間は年額金一、六五六円であつたこと、訴外株式会社町田工務店は、昭和四五年二月、東京都知事に対し、訴外内山庄八の離作承諾書と右知事の賃貸借解約許可書を添付して本件土地を木工場に使用するため国有農地転用借受申込をなし、右知事は、右訴外工務店に対し、同年六月五日付で、用途木工場、貸付期間一ケ年、使用料年額金八万五、二六二円で本件土地を貸付けたこと、本件土地は、八王子都市計画工業地域にあり、昭和四二年五月一八日区画整理事業計画が決定され、昭和四五年一二月市街化区域となつたこと、原告が昭和四六年三月三一日到達の書面で農林大臣に対し、本件土地を売払うよう買受けの申込をなしたこと、原告が同年一〇月一四日農林省関東農政局に赴き、右と同一の書面を示し金四六三円六八銭を支払うから本件土地の所有権移転登記手続をされたき旨申出たところ、売払価格は時価の十分の七とする旨の国有農地等の売払いに関する特別措置法が施行されたから金四六三円六八銭では登記手続には応じられないと拒絶されたことは当事者間に争いがなく、また国有農地等の売払いに関する特別措置法が、昭和四六年五月二五日施行され、同法施行日以後に農地法第八〇条第二項により売払いを受けた土地等について適用されることとなつた(同法附則第二項)ことは右法律上明らかなところである。

二  本件土地の売払価格の主張について

右当事者間に争いのない事実によれば、本件土地は八王子都市計画工業地域にあり、市街化区域に含まれているのであり木工場敷地としても使用されるなど、もはや自作農創設または農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とする客観的事実が生じたものと認められ、かかる場合には、農林大臣は内部的にその認定を行ない、農地法第八〇条第二項の規定する買収前の所有者またはその一般承継人-本件では原告-に対し、売払わなければならないという拘束を受け、旧所有者(原告)は農林大臣に対し買受けに応ずべきことを求める権利を有すると解すべきである(昭和四二年(行ツ)第五二号、最高裁昭和四六年一月二〇日大法廷判決、民集二五巻一号一頁)。そして農地法第八〇条に基づく売払いは私法上の行為と解すべきであるから(右大法廷判決)、原告の買受けの申込に対して農林大臣の承諾があつてはじめて売買契約が成立するのであつて、原告の一方的申込だけで形成的に売買契約が成立するものとは解されない。前項記載のとおり、農林大臣は原告の申込を価格の点で相異があるとして拒絶しており承諾していないのであるから、原告主張のように昭和四六年三月三一日に売払いの効力が発生したとは認められない。しかし、原告は右のとおり農林大臣に対し、本件土地の買受けに応ずべきことを求める権利を有し、農林大臣はこれに対し売払わなければならないという拘束を受けるのであるからその場合、いかなる価格で本件土地を売払うべきか検討するに、昭和四六年五月二五日の国有農地等の売払いに関する特別措置法の施行により従前の農地法第八〇条第二項後段が削除され、改正前は売払いの対価がその買収に相当とする額となつていたのが、適正な価格=時価の十分の七に相当する額(右特別措置法第二条、同法施行令第一条)と改正され、前記のとおり、右特別措置法は、その施行の日以後に農地法第八〇条第二項の規定により売払いを受けた土地等に適用されることとなつたものであるところ、前記のとおり、農林大臣はいまだ原告の買受けの申込に対し承諾したことはないので右特別措置法施行日までに本件土地の売払いがなされたとは認められず、また、右特別措置法附則第三項の、同法の施行の日前に地方公共団体等から当該土地等を公共用または公用に供するための借受けの申込が当該土地等を管理する農林大臣または都道府県知事に対してなされていることについて原告から主張、立証のない以上、右売払いについては右特別措置法第二条、同法施行令第一条が適用され、その売払いの対価は、適正な価格=時価の十分の七に相当する額と認められる。

従つて、売払価格は買収の対価相当額であるとする原告の主張は理由がなく採用できない。

三  国の信義誠実の原則違反の主張について

原告は、農林大臣が原告の買受けの申込を受けてから国有農地等の売払いに関する特別措置法施行まで売払いの承諾を怠つたのは信義誠実の原則に違反し、原告の右申込の時点で農林大臣の売払いの承諾がなされたものと解すべきであると主張するので、この点を検討する。

農林大臣が、原告が買受けの申込をしてから右特別措置法施行まで五〇余日間本件土地につき原告の買受けの申込に対し売払いの承諾の意思表示をなさなかつたことは当事者間に争いがない。

国の行政事務が国民のため遅滞なく行なわれるべきであることは言うまでもないが、農林大臣の売払いの承諾が五〇余日間なされなかつたとしても、このことにより原告が損害を蒙つたというのなら別訴をもつてその損害の賠償を請求するならともかく(但し、請求が認められるか否かは別訴の判断によるべきこと当然である)、これをもつて直ちに信義誠実の原則に反するから農林大臣の売払いの承諾がなされたものと解し、あるいは承諾がなされたと同様の効果を認めるとすることはできないのである。

従つて、原告の右主張も理由がなく採用できない。

四  憲法第二九条違反の主張について

原告は、右特別措置法第二条、同法附則第二項および第四項は憲法第二九条に違反し無効である旨主張するので、この点を検討する。

自作農創設特別措置法第三条に基づく農地の買収は、自作農の創設とともに前近代的土地所有制度を改革し民主化することを目的としたものであるが、これは正当な補償のもとに行われたものであるからその後にいたり収用目的が消滅したとしても憲法上当然に買収農地を旧所有者に返還しなければならないものではない。

しかし、買収が行なわれた後に当該買収農地につきその買収目的となつた公共の用に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、旧所有者にこれを回復する権利を保障することは立法政策としては合理的理由のあるものというべく、農地法第八〇条の買収農地売払制度も右の趣旨で設けられたものと解すべきである。ただ土地収用法第一〇六条に買受価格の増額の規定があるが如く、買収の原価で売払わなければならないという憲法上の要請はないのであるから、その後における社会、経済事情の変動、とりわけ物価変動の背後にある社会、経済的関係の変化、激しい経済成長に伴う土地開発等による土地価格の高騰などの事情に応じてその売払価格に改訂を加えることは合理的理由があり、憲法第二九条に反するとは言えない。

もつとも、改正前の農地法第八〇条によれば、当該買収農地が自作農の創設または土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とする事由が客観的に生ずると同時に、右買収農地の旧所有者は、当該買収対価に相当する価格で売払うべきことを求めうる権利を取得すると解すべきであるから、原告は、昭和四六年三月三一日買受けの申込をしたときに、すでに、本件土地について買収対価に相当する価格での売払いを求める権利を有するに至つたものと認められる。そして、農地法改正の結果、原告は本件土地を買受けるためには時価の十分の七に相当する価格を支払わなければならなくなつたのであるから、従前有していた利益を右改正により剥奪されることとなつたのであるが、前記のとおり、買収農地を旧所有者に売払うことも、また買収対価相当額で売払われねばならないことも憲法上の要請ではなく立法政策上のことであるから、原告が取得した農地法改正前の買収価格で買受けを請求できる権利を実質的に制限することも経済秩序の維持等公共の福祉を維持するために必要な範囲で憲法第二九条に違反しないと解すべきである。前記社会、経済的事情の変動に照らすと、改正前の農地法第八〇条第二項後段が規定していた買収対価に相当する価格による買収農地の売払いを求める権利も、もはや、不合理なものとなつており、右改正は十分理由があり、かえつて財産権の内容は公共の福祉に適合するように定めるとする憲法第二九条第二項の立法趣旨に合致するものであつて、立法上許されるものである。

従つて、原告の右主張は理由がなく採用できない。

五  憲法第一四条違反の主張について

原告は、右特別措置法第二条は憲法第一四条に違反する旨主張するのでこの点を検討するに、なるほど、同法施行の結果従前買収対価相当額で売払いをすでに受けた旧所有者と、今後右規定に基づき買収農地の売払を受ける旧所有者との間ではその売払価格の点で著しい差異を生じ、原告のように同法の適用を受けるものは不利益を受けることになるのであるが、憲法第一四条にいう法の下の平等とは、法を不平等に適用することを禁止するだけでなく、さらに、不平等な取扱いを内容とする法の定立を禁ずる趣旨であり、同条が列挙する事由のように、「人間性」を尊重するという個人主義的、民主主義的理念に照らしてみて不合理と考えられる理由による差別をしてはならないことをいうのであつて、法律改正の結果、その前後において同一生活関係についても必ずしも同一の法的取扱がなされず差異が設けられても、右改正が不合理な理由に基づかないものである以上、それは、立法政策の問題であつて、憲法第一四条のいわゆる法の下の平等の規定に反するものではない。国有農地等の売払いに関する特別措置法第二条は、前記の如く社会、経済的事情の変動、特に地価の高騰に照らし改正前の農地法第八〇条第二項後段の買収対価相当額による売払いが甚しく不合理なため、これを適正な価格に引上げるため規定されたものであつて、右法条の制定は合理的理由があり、その前後において売払価格に差異が生ずるとしてもやむを得ない結果としてこれを承認すべきであるから、憲法第一四条に違反するとは解されない。

従つて、原告の右主張も理由がなく採用できない。

六  結論

以上の結果、改正前の農地法第八〇条所定の売払価格のみに基づき本件土地の売払いを求める原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡徳寿 北野俊光 見満正治)

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